「ひょんなこと」を多めに獲得する


筆者のひきこもりからの脱出経験の多くは、「ひょんなこと」から端を発しています。

ひょんなことから参加した居場所活動で復活のきっかけを掴み、ひょんなことから始めた官公庁のアルバイトで就職のチャンスを掴みました。


ちなみに「ひょんなこと」という言葉の明確な語源は諸説あり不詳なのですが、かつては「奇妙なこと」「不吉なこと」等の意味があったのではないかと言われているようです。

現在は、結果として発展的な事象の端緒となった「意図的ではない出来事」「意外な出来事」を「ひょんなこと」と呼んでいます。


ひきこもり生活の中で脱出へのきっかけとなるものを掴むことは容易ではありません。


社会生活の中であれば、例えば一つの商談はその後の商品開発や販売、商品のヒットにつながる可能性がある大事なスタートであり、そのスタートからの過程を大事にすることと、良い結果へのルートを自ら築いていくことはイコールです。

大事にするべきスタートやルートがある程度明確であり、努力も結果につながりやすいので、わざわざひょんなことを重視する必要はありません。


しかし、殊にひきこもり状態からのスタートとなると、分かりやすい合目的的な起点が日常的にあるわけではありません。

そこで重要になるのが、「ひょんなこと」です。

何に化けるか分からないきっかけをなるべく獲得して、乗ってみるのです。


園芸家なら、特定の花の種を入手して栽培するルートとスキルを持っていますが、ひきこもり状態からの場合は、何が咲くか分からない種であってもとりあえず入手して蒔いてみることが、後の開花と実りにつながります。

土からは何も咲きません。


このあたりのことは、別記事「人生のランダムテーブルを変える」でも言及しています。

(関連記事→人生のランダムテーブルを変える)  


なお、「ひょんなこと」のチョイスに際して若干の注意点があります。

まず、「いかにも一発逆転・一攫千金につながりそう」な案件は避けます。

言うまでもありませんが、それは罠です(笑)

具体までは述べませんが、「おいしい話」「儲け話」の類です。

現状を変えたいという思いがどれだけ強くても、こういった「いかにも」な案件はおすすめできません。


そうではなく、一見「毒にも薬にもならなそう」な、ニュートラルなひょんなことを、多めにつかんでください。


そういったものの中に、わずかな割合ですが、育てようによっては、かなり良い結果につながるものが含まれている....というのが、社会復帰体験の中で筆者の体感したところです。

帰ってきたひきこもり

不登校・留年・中退・長期ひきこもりを経て、35歳で準公務員に受かり、二児の父になったはなし。